当寺院について

当寺院について

古くから門前町として栄えてきた笠岡で
その歴史を伝える意味においても、
市街地に残った役割は大きい。

現在の建物は昭和13年のもので、
昭和59年の区画整備でほとんどの寺院が
周辺に移転を余儀なくされた中、
観照院は墓地を移転しただけで移転を免れた。

Shingonshu
Kanshoin

元和2年(1616年)に徳川家康公が死去し
日光・東照宮が建立されることになり、
日光・東照宮からの勅号を受け観照院に改称。

開基は天正年間(1573年~1592年)に
温智という僧侶が建立。
観照院は遍照寺の塔頭寺院で、
遍照寺の東側にあることから、
元々は東照院という名前であったが

400年以上の歴史と、
  笠岡の町に寄り添う寺院

観照院について

私たち高野山真言宗は、
高野山奥之院・弘法大師御廟を信仰の源泉とし、
壇上伽藍を修学の場所として、
真言密教の教えと伝統を今日に伝えています。
「真言宗」には様々な宗派が存在し、
主な宗派だけでも18種類にもなります。
高野山真言宗はそういった宗派の
一つに含まれます。

「変体の厄」とは子供から大人に
変わるときの厄の事をいい、
13歳になった少年少女が、
虚空蔵菩薩に智慧を授かりに行く、
十三詣りというものがあります。

虚空蔵菩薩様のご誓願に
「人には三期の厄あり、その厄災のうち、
とりわけ変体の厄を除き、智徳を
与え二世の願いを成就せしめん」
との言葉があります。

広大な宇宙のような無量無変の
福徳(幸福)や智恵(知識)、慈悲を
もった菩薩さまです。
そのため、商売繁盛や記憶力といった
ご利益をもたらせてくれる仏様です。

Shingonshu
Kanshoin

400年以上の歴史と、
 笠岡の町に寄り添う寺院

観照院について

開基は天正年間(1573年~1592年)に
温智という僧侶が建立。
観照院は遍照寺の塔頭寺院で、
遍照寺の東側にあることから、
元々は東照院という名前であったが
元和2年(1616年)に徳川家康公が死去し
日光・東照宮が建立されることになり、
日光・東照宮からの勅号を受け観照院に改称。
現在の建物は昭和13年のもので、
昭和59年の区画整備でほとんどの寺院が
周辺に移転を余儀なくされた中、
観照院は墓地を移転しただけで移転を免れた。
古くから門前町として栄えてきた笠岡で
その歴史を伝える意味においても、
市街地に残った役割は大きい。
「真言宗」には様々な宗派が存在し、
主な宗派だけでも18種類にもなります。
高野山真言宗はそういった宗派の
一つに含まれます。
私たち高野山真言宗は、
高野山奥之院・弘法大師御廟を信仰の源泉とし、
壇上伽藍を修学の場所として、
真言密教の教えと伝統を今日に伝えています。
広大な宇宙のような無量無変の福徳(幸福)や智恵(知識)、
慈悲をもった菩薩さまです。
そのため、商売繁盛や記憶力といったご利益を
もたらせてくれる仏様です。
虚空蔵菩薩様のご誓願に
「人には三期の厄あり、その厄災のうち、とりわけ変体の厄を
除き、智徳を与え二世の願いを成就せしめん」との言葉があります。
「変体の厄」とは子供から大人に変わるときの厄の事をいい、
13歳になった少年少女が、虚空蔵菩薩に智慧を授かりに行く、
十三詣りというものがあります。

境内に咲く花

牡丹

毎年4月~6月に多くの牡丹が花を咲かせ、多くの人が牡丹の花を観賞にいらしてくれています。

蓮(双頭蓮)

当院では令和元年4月に、仏師の真田耕地師から蓮の株分けをして頂いた蓮が、同年9月に双頭蓮を咲かせました。

双頭蓮(そうとうれん)とは、一本の茎から2つの花をつける非常に珍しい蓮で、「見ると幸せになれる」とも言われております。

この双頭蓮の花弁は押花にし、茎から蓮台も当院の寺宝としてお祀りしています。

【蓮の開花時期:7月~8月】

虎目石(タイガーアイ)

観照院のご本尊様である虚空蔵菩薩は、丑・寅年の守り本尊ですが、その守護石が虎目石になります。

その虎目石の原石が観照院にはあり、撫で石として直接触っていただけます。

ご利益としては、商売繁盛・事業繁栄・学業成就等他にも様々なご利益があります。

墓地のご案内

墓地は、当院より車で北に5分程行ったところにあります。

跡継ぎがいない、子供に負担をかけたくない、永代供養を考えている等々、お悩み事がございましたら、いつでもお気軽にご相談ください。

お一人お一人丁寧にご案内させていただきます。

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